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【心豊かに生きる100のヒント 60】日本人の「察する」能力

2015年2月12日

 

皆さん、こんにちは。アクシアバイオの齋藤です。

 

本日も、【心豊かに生きる100のヒント】を ご紹介します。どうぞお楽しみに☆

 

 

詳しく言えば、北海道の先住民などもいますが、日本は単一民族でずっと過ごしてきたのではないでしょうか?そのため、多くのことを共有していて、話しをしなくても、雰囲気で、あるいは、ちょっとした言葉で、お互いに理解しあうことができる民族であると思います。

 

しかし、例えば、アメリカなどでは、言葉でしっかり伝えないと、伝わらないし、多民族、多文化からなる移民国家であるため、しっかり言葉で伝えずにお互い理解しあうのは、難しいと思います。そして、言葉によるコミュニケーションがそのために発達しています。

 

一方、日本人は、その民族の歴史のために、「察する」という能力が高められたのですが、このぱっとその雰囲気だけで言葉を使わずに全体を理解して、コミュニケーションができるというのは、コミュニケーション能力として、非常に高いものであるということもできると思います。

 

しかし、この「察する」能力もだれに対しても万能で全部互いに理解し合えているかというと、かならずしもそうではないと思いますし、昔と比べると、人々も多様化していて、ぱっとわかるというのも難しくなっているのかもしれません。

 

また、言葉で伝えれば、お互いに理解し合えるかというと、言葉に対する個々の認識のギャップもあるので、完全とはいいきれず、お互いにわかった気になっているということもありえます。

 

そこで、日本人は「察する」という高度なコミュニケーション能力は、維持向上させながら、同時に、言葉によるコミュニケーションも鍛えていけば、どうでしょう。しっかり、わかり合えるように言葉でコミュニケーションをとりながら、かつそれを超えた感じる力を大事にすると、コミュニケーションとしては、日本人同士も海外の人とも高いレベルでコミュニケーションができるのではと思います。

 

そして、しっかりお互いに伝えるので、溜め込みやすい傾向にあるストレス軽減にも役立つのではないでしょうか?

 

本日も、何かの参考になれば、嬉しいです。

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